« 山① | トップページ | 富士登山① »

山②

八甲田雪中行軍遭難事件

1902年、日露戦争の2年前に起こった事件。

対ロシア戦のための、冬季軍訓練を青森にある八甲田山で行った。

同じルートを、青森隊(210名。いきなり八甲田山を登るルート)と弘前隊(37名。最後に八甲田山に登るルート)に別れ、雪中行軍を行った。

しかもその日は最低気温最悪の日。

結果、弘前隊37名は全員無事

青森隊は遭難し、

210名中199名が死亡

ものすごい数字である。

新田次郎さんの小説『八甲田山死の彷徨』は、この事件をもとに書かれ、それを読むと、もう悲惨なものでぞっとする。最後には発狂して亡くなる人や、バタバタ倒れて行く人達。想像しただけで凍えそうで、どんな思いで歩いていたのかと思うと胸が痛むし、寒いのが大嫌いな私にとっては恐怖である。

112214

読んでいくと、昔の装備なんてたかが知れてるし、案内人はつけないわ、休むべきときに歩きだしたり、冬山を軽く考えすぎているし、指揮する人が多すぎて収拾つかないように思えた。

指揮官であった神成文吉大尉と私は同じ出身地ということも初めて知った。とても気の毒だ。

11名の生存者も、3名以外は凍傷にかかり、手、足を切断せざるおえない状況だったという。

そして、その無事だった3名の中に私の遠いご先祖様がいる。(後に日露戦争で重症している)

どんな行動をとったのかわからないけれど、ただ運がよかっただけかもしれないけれど、死んでいてもおかしくない状況で、生きて帰ってこれたから私がいる。(のかもしれない)

おじいちゃん、ありがとう。

確かうちの家族が昔、なんか言ってたな~と思って、まったく興味がなかったのに、初めて詳しく真相を知ろうと思って調べてみた。

2月にはいって誕生日を迎えたが、あらためて、

生きていることに感謝!

|

« 山① | トップページ | 富士登山① »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

昨夜NHKで登山家栗城さんが出てました。
無酸素で登頂に挑むスタイルは観ていてハラハラします。
なんでも酸素が約1/3 標高8000M級の山では一歩歩くのにも体力を消耗し身体が危険な状態に侵されるのだ・・・。
登頂成功の暁には生きていることを実感するらしい。

なんで苦しい思いをしてまで山を登るのだろう・・・。

そこに山があるから・・・??


投稿: ワッキー | 2010年2月21日 (日) 12時20分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 山① | トップページ | 富士登山① »